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学院長あいさつ

いま、教育に求められているものは何でしょうか

少し前に流行った歌に『小さい花や大きな花、一つとして同じものはないから、No.One(ナンバーワン)にならなくてもいい、もともと特別なOnly One(オンリーワン) 』という歌詞がありました。
素晴らしい詞ですね。他人と争って栄光の頂点を求める生き方もよいけれど、誰にでも与えられたそれぞれの個性を生かし、慎ましくても精一杯社会の一隅を照らすことができれば、それだって同じ位素晴らしい生き方なんだ、というこの人生賛歌にはすべての方が共感を覚えると思います。
教育においても、それぞれの子供にその個性を伸び伸びと発揮させるような環境を用意して豊かで思い遣りに満ちた人間性を育み、子供達一人ひとりがそのOnly One に誇りを感じられるように成長させること、それは教育の究極の目標の一つであることは間違いありません。

しかし、失礼な言い方かもしれませんが、これをご覧のお母さんお父さんはもっと欲張りで、ご自身のお子さんにより多くの期待を抱いているのではないでしょうか。
「優しく誰にでも好かれる子に育ってもらいたいが・・・、できたら何でもいいから No. One を目指すような向上心のある子になってもらいたい・・・。」と。
欲張りなどと言いましたが、私自身はこんなご両親の愛情ゆえのわが子への期待はむしろ自然で好ましいものと思っていますし、教育とりわけ私学教育とはそんな欲張りなお母さんお父さんの期待に適うものでなくてはならないとも考えています。
つまり、理想かもしれませんが、私の考える私学教育とは、「 No.One 」と「 Only One 」という、相対する価値を同時に達成することを目指すものでありたいのです。

つまり、「No.One」の教育とは、より高い目標を目指すための教育です。
言い換えれば、学校は学ぶ場でありますから、当然知識や教養をより効率的に修得させ、避けて通れぬ大学入試や将来身を置く競争社会の中で活躍するためのスキルやツールを身に付けさせるという具体的目的を見据えた、いわばより良く生きるための「方法論」「技術論」としての教育です。
そして、「 Only One 」の教育とは、抽象的な表現ではありますが、自己の存在を哲学的に探求し、私は唯一の存在として一度限りの人生を「どう生きるべきか」と、常に自らに問うことのできる自己規範性、また他を思い遣り慈しむ人間性を育む、より良く生きるための生命の「意味論」「価値論」としての教育であります。

科学技術でも、それが大きな力を持つものであればあるほど、その技術を制御するに相応しいより高度な倫理観・価値観を要求されるように、私は教育の中にも、子供達が将来をより良く生きるための「方法論(技術論)」と「意味論(価値論)」という二つのアプローチを両立させなければ、真の教育と呼ぶに相応しいものにはならないと考えています。

さて、この二つの取り組みのうち「方法論(技術論)」としての教育の方は比較的容易に実践が可能です。
本校の場合はいわゆる進学校ですから、一貫教育のメリットを生かした効率的なカリキュラムを組み、受験期には受験情報や解法のテクニックといった受験の技術を授業で取り扱えば良いからです。
そして、目先の目標が受験のためだとはいえ、この年代に定着した多方面に渡る知識は将来において物事を考える上でも大いに役に立つ教養となり人生に厚みを加え、またここで知恵を絞って解答にたどり着こうと思惟した経験もまた、将来必須となる論理的思考力を高めるのに大いに役立つことになります。

一方、より良く生きるための「意味論」「価値論」を学校で教えるのはそう容易なことではありません。なぜなら教育基本法や学習指導要領の中にもこれらを教えるための具体的な体系が示されておらず、学校独自でこれを体系化するというのは一朝一夕でできる作業ではないからです。  特に公立学校では宗教にふれることはできませんし、特定の思想や価値観を教育の骨格に据えることも難しいですから、生きることの意味やその価値について子供達に伝える手段も限定されてしまうでしょう。
しかし、私立の学校では事情が異なります。多くの私学は進学を目標に独自の学習指導などを展開する一方、あわせて建学の精神に基づく私学独自の価値観で人間教育を実践して成果をあげている事はご存知だと思います。

本校の場合、教育の骨格としているのは仏教精神です。
本校は、創立以来「智慧」と「慈悲」をその根本とする仏教精神をもって教育の指針となす、という建学の精神を堅持し、進学校の名に恥じぬ堅実な合格実績を誇る学習指導を展開する一方、仏教とくに浄土真宗の御教えに基づく情操教育を通じて、子供達に他者を思い遣り慈しむことのできる優しい心を涵養せんとする教育を、八十余年の永きに渡って実践してまいりました。
ご存知のように、仏教は宗教であると同時に自己探求を目指す哲学という側面を強く持っています。 私はこの意味でも、本校の仏教的情操教育は、現代の子供に欠けているといわれる自己規範性を育て、また子供達に自分が生きている事の「意味」や「価値」を気付かせ、自己肯定観を育てるのにも最適なものと確信しています。

子供達の心の中に「 No.One 」と「 Only One 」の二兎を求め続ける本校の教育について、感心を持たれた方はどうぞ詳細についてもご覧ください。

学院長 平田史郎