2月14日に涅槃会(ねはんえ)を行いました。

涅槃会はお釈迦さまがお亡くなりになった日(2月15日)をお偲びする行事です。

涅槃(ニルヴァーナ)とはロウソクの火がフッと消えるように、欲望が消え、悟りを得た状態になることを言います。
法話では、欲望が苦しみのもとであることと、どんなに幸福で満たされた「天」に生まれ変わったとしても、その世界から去るときは地獄で受ける苦しみの17倍苦しむ(天人五衰)という、一切皆苦の考えを学びました。
以下、生徒による、涅槃会のことばです。
本日は、温築会です。温築会とはお釈迦さまが入滅された二月十五日にお釈迦さまの徳を讃え、お偲びする法会です。
この法会を迎えるにあたり、私自身いのちについて考えを巡らせてみました。
さて、仏教には、「生者必滅 会者定離」という言葉があります。この言葉には、生まれた者は必ず命の終わりを迎え、出会った者とは必ず離れるという意味があります。
この言葉の意味を考えた時、私は昨年亡くなった祖父を思い出しました。私の祖父は何年もの間、毎日かかさず日記をつけていました。丁寧に書かれた日記から、祖父の日々を大切にする婆勢を感じました。日記の中には、私のことを書いてくれている日もありました。それを読んだ時、私は、祖父を振り返るとともに、祖父と過ごせる時間は、これから先もうこないということを実感しました。また、過ぎた一日は戻らないという、あたりまえなことを改めて意識しました。
この度の涅槃会をきっかけとし、私も祖父のように日々に向き合いたいと考え、日記を始めました。そうすると日記を通して、日々を過ぎていくものとしてではなく、重ねていくものそして日々を改めて大切にしていきたいと感じられるようになりました。
私たちはいのちに終わりがあるとわかっていても、それを現実として突きつけられると受け入れ難く、また、とても悲しく感じてしまいます。そのことを祖父との別れを経験し、身に染みて感じました。しかし、私たちはその事実を受けとめ、生きていかなければなりません。
日々のあたりまえについて、考え直す時間を持つことそして、その時間に感謝することで人は成長できるのではないかと私は思います。
最後になりましたが、涅槃会を迎えるにあたり日々の大切さ、そしてあたりまえについて改めて深く考える機会をいただけたことに感謝をし、一私からの涅槃会の言葉とさせていただきます。
国府台女子学院高等部生徒代表 牧ゆかり






本校の前庭には沙羅の木が植えられています。