日記

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国女の近くに弥生時代の遺跡があった!

投稿日2020/10/5

朝夕と肌寒さを感じるようになり、すっかり秋らしくなってきました。受験生の皆さんはこれからが追い込み時、温度差が激しい時季ですので体調崩さないようにしてください。

さて、今日は国府台女子学院近くにある千葉県指定の史跡についてご紹介します。

国女から徒歩約10分の場所に市民の憩いの場である須和田公園があります。

どこにでもある公園と思ったら大間違い。小高い丘となっているこの場所には古くは縄文時代から人々が生活していたのです。

 

縄文時代前期の小貝塚から、弥生時代中期から平安時代に至る各期複合の集落遺跡が発見されています。

とくに古墳時代後期以降が大きく、住居址も多く見つかっています。

「須和田遺跡」には、弥生時代の住居跡が復元されています。一見するとストーンサークルのようですね。

これだけだとイメージがつかみにくいかもしれませんが、教科書や資料集でよく目にするこのような居住跡と類推されます。

千葉県教育委員会のサイトにはこの史跡について、以下のように説明されています。

 須和田遺跡は、江戸川左岸の国府台(真間山)の南端から東南東に向かって延びる須和田台に所在する。 

 昭和8年(1933)から昭和10年(1935)にかけて明治大学の杉原荘介氏らにより発掘調査が実施され、文様が描かれている弥生時代中期の土器が十数点出土した。これらの土器は後年になって、南関東地方最初の弥生土器「須和田式土器」として型式設定された。また、昭和42年(1967)には、この遺跡内から採集された資料である甕形土器の実態も明らかにされ、「須和田式土器」の内容を補完することになった。現在では、「須和田式土器」に先行する弥生土器の存在が明らかになっており、さらに須和田遺跡出土土器群は「須和田式土器」でも後半に位置付けられ、埼玉県の「池上式土器」に並行するとされている。

現在は四季折々の花が咲き誇る公園として市民に親しまれていますが、縄文、弥生時代からこの地に人々が集っていたと思うとちょっとした歴史のロマンを感じざるを得ません。

須和田公園内には手入れの行き届いたバラ園もあります。

市川市の花が薔薇であることから、これから秋薔薇のシーズンには多くの方がこの公園を訪れます。

以前紹介した里見公園ともども薔薇の名所となっている須和田公園。学校のすぐ近くにこんな隠れた名所があること国女に通う生徒も知らないかもしれません。

尚、須和田公園のすぐ近くに、市川市文化振興財団「芳澤ガーデンギャラリー」があります。ここのお庭もいつも手入れが行き届いて素敵ですよ!

~受験生および保護者のみなさまへ~

本年度の学校説明会は事前予約が必要となっています。

お手数ですが、高等部学校説明会参加予約よりご登録お願い致します。尚11月7日(土曜日)、21日(土曜日)と定員に達したため、現在新たに11月21日(土曜日)午後部を新設し高等部学校説明会参加予約を行っております。(10月5日現在)